最近、従業員の離職についてお悩みという中小企業経営者の方からのご相談が増えています。ご支援させていただく中で、企業ブランディングに興味を示される方が多いため、今回は企業ブランディングとは何かを取り上げることにしました。従業員の離職防止対策としてだけではなく、企業価値そのものを高めることも可能です。企業ブランディングの重要性やメリット、デメリット、ブランディングで何をするのかをご紹介します。
目次
従業員の離職に悩む中小企業経営者が増加
前々回のコラムで、中小企業はかつて経験したことのない人手不足に直面しているとお伝えしました。そのような大きな流れの中で、ここのところ、従業員の離職についてのお悩みをお聞きすることが多くなっています。
詳しくお聞きしていくと、ひとつの傾向があることに気づきました。それは、従業員に事細かに言わないと動かないのに、あまり言いすぎるとすぐに仕事を辞めてしまうというものです。
それこそ経営者は、良かれと思って従業員に都度指摘をしたり・・・、といった対応をされているようです。しかし、従業員が辞めていくという悪循環を止めることができないということで、弊社にご相談に来られています。
離職の要因のひとつは経営者の姿勢
人手不足に加えて、既存の従業員に辞められてしまっては、業務に支障をきたしかねません。事業を支援する第三者という立場からお話をお聞きしていると、言い方は良くありませんが、中小企業経営者の方の中には従業員を従わせるという姿勢が色濃く出てしまう方がいらっしゃいます。
経営者として会社を運営するのは、決して楽なことではありません。支援者として、経営者ならではのご苦労やお悩みが常にあることを知っているつもりです。しかし、従業員は一緒に働く仲間であり、自分の手が回らない部分を担ってくれる人材だと考えることが大切ではないでしょうか。
お伝えしたいのは、経営者は従業員を従わせてしまいやすい立場にあり、その点には注意が必要だということです。もしかすると中小企業経営者の皆さんにとっては、耳に痛いお話かもしれません。しかし、現状を認識するところからしか改善は始まらないのです。
実際の離職理由は?
従業員の離職には、仕事内容や給与、労働条件など、さまざまな理由があります。ここで、厚生労働省の「令和4年雇用動向調査結果の概況」から、離職理由の統計を見てみましょう。
■男性の場合
いわゆる自己都合で離職した人のうち、「その他」を除き理由としてもっとも多かったのは、男性の場合「労働時間、休日等の労働条件が悪かった」の9.1%でした。次いで「職場の人間関係が好ましくなかった」の8.3%、「給料等収入が少なかった」の7.6%と続きます。
職場の人間関係を理由とする人は、全体の10%にも満たないという見方ができますが、これは男性全体の平均値です。年代別に見ていくと、19歳以下は11.7%、40~44歳は12.9%、45~49歳は10.7%、50~54歳は14.9%と平均値とは数値が大きく異なります。
■女性の場合
女性の場合、「労働時間、休日等の労働条件が悪かった」が10.8%、次いで「職場の人間関係が好ましくなかった」の10.4%、「給料等収入が少なかった」の6.8%と続きます。離職理由のトップ3は男性と変わりません。
年代別に見てみると、19歳以下、30~39歳、50~65歳以上までという幅広いで人間関係を理由とする離職が10%を超えています。60~65歳以上以外は約12%と、男性よりも人間関係を理由に離職する人の幅広さが分かります。
■そのほかに多い理由
男性では、30~39歳で「会社の将来が不安だった」が15.4%、女性では19歳以下で「仕事の内容に興味を持てなかった」が20.2%と突出しています。「能力・個性・資格を生かせなかった」という理由は男女とも30~40代で約5~8%となっています。
離職理由は妥当なものか
自己都合の離職理由として多かったのは、男女とも次の3つの理由でした。
- 勤務条件が悪かった
- 職場の人間関係が好ましくなかった
- 給料が少なかった
誰もが納得するようなやむを得ない理由による離職も、一部にはあるでしょう。しかし、この調査結果からは、「勤務条件」や「人間関係」「給料」などは転職しない限り変らないと、従業員が思っていたことが分かります。
一般的に、中小企業の中でも事業規模が小さいほど、従業員一人ひとりの業務の重要性が高くなる傾向があります。そういった人材の離職はショックでしょうし、大きな痛手にもなりえるでしょう。代わりを務める人材は探せばいるでしょうが、後任者が前任者と同じような働きをしてくれるとは限りません。
例えば、勤務条件や給与など、離職理由となったことに改善の余地がなかったかを振り返り、今後の経営に活かせないか検討しましょう。そこで次に、離職が度重なることのデメリットやリスクを簡単に見ておきましょう。
離職が重なるデメリットやリスク
離職が続くと、次のようなことが起こりやすいといわれています。
- 採用コストの増加
- 教育コストの増加
- 会社に対する従業員のエンゲージメント低下
- 会社の生産性の低下
- 会社の評判への影響
採用には、募集と選考というプロセスがあります。広告や応募者への連絡、通知、日程調整、面接、合否連絡といった作業に費用や時間、労力がかかります。入社時の教育やOJTなども、新入社員が入社する度に実施が必要です。通年採用の場合には、時期や頻度も不定期となるでしょう。
離職の理由に対処したり改善したりしようとしないと、「辞めていく人に対して無関心」「会社をより良くしていくつもりがない」といった認識が社内に広まりかねません。そういった暗黙の認識は、従業員のエンゲージメント(「働きがい」や「やりがい」のこと)に影響を及ぼし、会社の生産性を低下させる可能性があります。
「あの会社は人の入れ替わりが激しい」というような評判が立ってしまいかねません。担当がしょっちゅう変わるから連絡の行き違いが結構あるというような、実際の業務に影響してしまうようであれば、企業としての信頼に関わります。
そこで次に、従業員の離職防止が期待できる企業ブランディングについて見ていきましょう。
中小企業こそ活用したい企業ブランディングとは?
ここでは、企業ブランディングとはどのようなことで、一体どのように離職防止に役立つのかについてご説明します。
企業ブランディングとは何か
まずは、企業ブランディングとは何かというところから始めましょう。企業ブランディングとは、企業としてのイメージを作り浸透させていくことだといえます。
企業としてのイメージとは、具体的には「技術力がある」や「信頼性が高い」「顧客へのサービスが充実している」といったものです。企業では考えるのが難しいという場合には、身近な人を思い浮かべてみましょう。
個人には個性があります。法人(企業)の場合も同様に、法人の特徴や強味があるはずです。その部分に加えて「こういう会社でありたい(なりたい)」というビジョンを分かりやすくまとめて伝わりやすくすることが、企業ブランディングだといえるでしょう。
つまり、企業イメージとは、自社の特徴や強味を捉えたものと言い換えられます。競合他社とは異なる自社独自の部分のことです。企業イメージは、顧客や市場に向けたものという印象があるかもしれませんが、日々の業務を担う従業員にとっても大事です。
そこで次に、企業ブランディングの種類についてお伝えします。
2つの企業ブランディング
企業ブランディングは、大きく2種類に分かれます。
・インターナルブランディング(内部向け)
・エクスターナルブランディング(外部向け)
一般的に知られているのは、顧客や市場といった外部に向けたブランディング「エクスターナルブランディング」です。その一方で「インターナルブランディング」とは、社内向けのものだといえます。
離職防止や人材定着を図る場合、取り組むのはインターナルブランディングです。経営者が考えている「自社はこのような会社」という企業イメージと、従業員がそれぞれに持っている「自社はこのような会社」というイメージは必ずしも一致しているとは限りません。離職に悩む経営者の場合、この点に課題があることが多いように感じます。
そこで、エクスターナルブランディングとインターナルブランディングの違いについて見ていきましょう。
インターナルブランディングとエクスターナルブランディングの違い
インターナルブランディングとエクスターナルブランディングの主な違いは、次の通りです。誰に対して実施するのかはもちろんのこと、ブランディングの目的や手法が異なります。
・インターナルブランディング
対象:従業員
目的:企業ブランドの理解とそれに基づく言動の促進
手法:企業文化の情勢、社内への周知教育
・エクスターナルブランディング
対象:顧客、取引先、市場
目的:ブランドの認知、浸透、定着
手法:広告、Web、SNS、製品やサービスによる体験提供
インターナルの場合は、自社の強みや企業としての価値、MMV(ミッション、ビジョン、バリュー)といった経営理念を従業員に分かりやすく示すことが重要です。
自分が働いている企業には、どのような存在意義があるのか、顧客にどのような製品やサービスを提供し、そのことによって市場や社会でどのような役割を果たそうとしているのかといった、自社が存在する根本的な理由だともいえます。
それは、エクスターナルブランディングの根幹にもなるものです。インターナルブランディングとエクスターナルブランディングには、対象や目的、手法こそ異なるものの、同じ企業ブランディングのという意味で出発点に変わりはありません。
インターナルブランディングのメリットとデメリット
ここでは、インターナルブランディングのメリットと進め方を説明します。
インターナルブランディングのメリット
インターナルブランディングに取り組むと、どのような効果を期待できるのか見ておきましょう。
・企業文化の醸成
・従業員のエンゲージメント向上
・顧客満足度の向上
企業文化の醸成というと大げさに聞こえるかもしれませんが、社内で共有される価値観や行動規範、業務の進め方などを指します。つまり、社内の雰囲気や社風です。何を大切にし、どのように行動している会社なのかが従業員一人ひとりに浸透していくと、いずれ社風へと変化していきます。
従業員のモチベーションやエンゲージメントの向上が期待できます。会社が何をしようとしているのかが良くわからないまま、指示どおりにするよう求められるよりも、なぜそれが必要なのか、どんな意味があるのかを知っているほうが、格段に判断しやすく仕事を進めやすいはずです。仕事に取り組む意欲も、自ずと変わってくるでしょう。
意欲的な従業員による仕事は、顧客にも影響します。熱心に知識やスキルを吸収したり、それまでとは違うやり方を試してみたり、自分のスキルアップを図ったりといった熱意が行動に現れるからです。売上が伸びる可能性もあります。
インターナルブランディングのデメリット
お伝えしたメリットがある一方で、次のようなデメリットがあることにも触れておきましょう。
・コストがかかる
・成果が出るまでに時間がかかる
・形にこだわりすぎると失敗しやすい
自社の価値を整理し、わかりやすい言葉にして再構築するのが企業ブランディングです。存在意義や企業としての価値を見つめ直す必要がありますので、相応の労力が必要です。専門家のサポートを受けるなら、費用もかかります。
インターナルブランディングを含む企業ブランディングは、イメージが完成したら終わりではなく、そこからが始まりです。成果が出るまでに一定の時間がかかりますが、浸透し始めれば心強い武器になります。
企業ブランディングには、経営理念を表すロゴやイメージカラーといったビジュアルデザインなども含まれます。この部分だけに注目されてしまうと、重要な中身が置き去りになってしまいかねません。デメリットというよりも、注意喚起としてお伝えしておきましょう。
まとめ
企業ブランディングとは、企業のイメージや価値を作り上げ、浸透させてていくことです。自社の存在意義や価値を見つめ直し、わかりやすい形で提示、共有します。相応の労力を要する仕事です。
景気や社会情勢などに影響されやすい中小企業では、毎日の売り上げに直結する業務が優先されがちです。企業ブランディングは、急ぎではないけれども重要な仕事で、立ち上げ時に一時的に負荷は高まるものの、じわじわと効いて長期的な恩恵をもたらします。
人材は事業の礎です。企業ブランディングは、働きがいや働きやすさに関わってきます。企業ブランディングを実施し、ぜひ貴社の魅力を高めてください。