前回のコラムでは、「中小企業のためのデザイン経営ハンドブック2」(以下、デザインハンドブック2)の概要とデザイン経営を導入した効果、デザインの本質などについてお伝えしました。それを踏まえて今回は、実際にデザイン経営を導入した中小企業の事例に加えて、デザイン経営を導入する際に中小企業が直面しやすい課題とその解決策をご紹介します。
目次
中小企業がデザイン経営を導入する際によくある課題
中小企業がデザイン経営を導入しようとする際に直面しやすい課題には、以下のようなものがあります。
- デザイナーの見つけ方
- デザイナーとの仕事の進め方
- デザインの適用範囲
- デザインの効果測定
これからご紹介する事例では、企業がどのような課題を抱え、どのように乗り越えてきたのかという点に注目して見ていきましょう。なお、2つの事例はいずれもデザインハンドブック2で紹介されているものです。
事例①
会社全体のリブランディングで海外進出を果たした企業事例
会社名:環境大善株式会社(北海道北見市)
事業内容:微生物を活用した土壌改善商品の開発・製造・販売
事業規模:従業員数22名
導入のきっかけ:パッケージデザインのリニューアル
導入後の成果:5年で売上を70%以上拡大、海外進出など
環境大善がデザイン経営を導入したきっかけは、主力商品のパッケージデザインをリニューアルする必要があったからだとしています。酪農の廃棄物である牛の尿から作った、人にも環境にもやさしい消毒液の販売が思うように伸びず、同社は訴求点が伝わっていないのではないかとパッケージデザインのやり直しを決めます。
デザイナー探しはWebで行い、気になる人にアポイントを取って、約10名と面談。その中で出会ったアートディレクターの採用を決めた理由は、パッケージデザインだけを変えても意味がないと言われたからだそうです。同社のビジネスモデルを理解し、決算書を見て、どのようなデザイン戦略がふさわしいかを考えていくアートディレクターの仕事ぶりが、発注の決め手になりました。
パッケージデザインを改めるはずでしたが、最初に取り組んだのは自社のリブランディングだったそうです。デザイン経営を始めるにあたって、経営がどのように変わっていくのかを従業員に理解してもらうことが必要だったからだとしています。議論を重ねた上で経営理念を「発酵経営」という言葉で表し、社屋や作業用のエプロン、事務用品にいたるまで新しいデザインに変更していきました。
牛の尿を原材料とすることから、なかなか商品の本質を理解してもらえないこともあったと語ります。アートディレクターに相談すると、商品の価値を打ち出し、積極的に理解を求めていくべきだと助言を受けたそうです。すると、SDGsの機運が徐々に高まっていく中で、徐々に商品そのものに対する理解が広まっていったとしています。
リブランディングを経て、「地球の健康を見つめる」というスローガンを掲げるようになった同社が創設したのは、地球の健康を探索する「土、水、空気研究所」です。地元の大学との共同研究も始めました。土壌だけではなく、水や空気にも領域を広げてビジネスを展開していきたいとしています。
事例②
下請けを脱却し金属意匠メーカーへと変貌を遂げた企業
会社名:東洋ステンレス研磨工業株式会社(福岡県太宰府市)
事業内容:金属の意匠加工
事業規模:従業員数35名
導入のきっかけ:知的財産経営セミナーへの参加
導入後の成果:自社ブランドの立ち上げ、商標登録、金属意匠メーカーとしての認知獲得、従業員の意欲向上や離職率の低下など
東洋ステンレス研磨工業株式会社がデザイン経営を導入したきっかけは、経営の行き詰まりを感じる中で声をかけてもらった知的財産経営セミナーへの参加でした。ステンレスの加工技術が生活によりいっそう必要とされると起業した初代の志を引き継ぎ、さまざまな試みや改革を行った結果として一定の信頼を得た2代目は、その後の事業展開を描けずにいたとされています。
そこで、誘われたセミナーに参加し、従業員ともに自社の価値を再確認する機会を得たそうです。「自社の強みは何か」「お客様が自社を選択される理由は何か」「自社が提供できるモノ・コトは何か」。このような根源的な問いに、中核の従業員と一緒にじっくり向き合えたと語ります。そこから得たのは、金属研磨技術はあくまで手段であり、自社に求められているのは金属の価値そのものを高めることなのだということでした。
加工を施すことで金属に新たな価値を与える。そこに気づいた同社は、「金属化粧師」(商標登録第 5422882 号)」という呼び名を考え、商標登録します。意匠加工のための自社ブランド「MAKO(商標登録第5624052号)」も立ち上げました。売上は思ったほどではなかったものの、外部のデザイナーを起用し金属雑貨を作ったことで、経験が自信につながったとしています。
その経験を活かして製作したデザイン性の高い金属パネルが、社運をかけて出展した「東京デザインウィーク」というデザインイベントで注目を集めます。そのことによって、同社の意識が九州エリアの同業他社から内装全般へと向くようになったといいます。このタイミングでデザイナーを内部に迎え入れました。
自社製品が都内のおしゃれな建物に使われているという事実が積み重なっていくにつれ、従業員の自発性や積極性が高まっていったと語ります。九州という地域や従来のお客様という枠組みにとらわれることなく、今後は海外も視野に入れて事業を展開していきたいとしています。
よくある課題をどのように乗り越えたのか
中小企業によるデザイン経営導入の成功事例を2例ご紹介しました。冒頭で触れた中小企業によくある課題にどのように対応したかを、ここで改めて振り返ってみましょう。デザインハンドブック2内のほかの事例なども含めて、具体的な解決策を見てみましょう。
デザイナーの見つけ方
- Webで探す
- 支援機関を利用する
- 支援企業を利用する
- 見本市や展示会で探す
- 関係者から紹介してもらう
ご紹介した事例①では、Webでデザイナーを探すという方法を選んでいました。Webといってもどこをどのように探すかは、人によって異なるでしょう。デザイン事務所やマッチングサービスから探すという方法もありますし、もし何かしら広告のデザインが気になったら、その広告を制作した会社に問い合わせてもいいでしょう。
支援機関や支援企業は、デザインハンドブック2に掲載されています。より詳しいことを知りたい場合には、特許庁デザイン経営プロジェクトチームに問い合わせてみましょう。リアルイベントの活気が戻りつつありますので、デザイン関連のイベントやセミナーなどに出かけてデザイナーを探すこともできます。可能であれば、関係者にも当たってみましょう。
普段の生活の中で見かけるショップなども、気になったら入ってみて、誰がデザインしているのかという視点で見たり、情報を集めたりすることも有効です。
デザイナーとの仕事の進め方
- 社長とデザイナーを同列に配置する
- 経営者はデザインを丸投げせず、考え方やコンセプトを決めてからデザイナーに任せる
- 役割分担を明確にしておく
事例①では、経営者に対して対等な立場で意見が言えるようにと、社長とデザイナーを同列に配置していました。デザイナーも決算書を読み込み、ビジネスへの理解を深めてからブランディングに取り組んでいることが特徴といえます。
このことからも言えるのは、報酬を支払っているのだから、任せているのだからと、経営者はデザイナーに業務を丸投げしてはいけないということです。企業理念や商品コンセプトなどの根幹となる部分については、自分の言葉で伝えなければなりません。
その上で、デザイナーに任せる部分を決めていくなど、デザイナーとの業務の線引きを明らかにしておく必要があります。コンセプトまでは経営者、それ以降はデザイナーという役割分担が多いようですが、絶対的な正解がない中で、デザイナーとコミュニケーションを取りながら、答えを創っていくこととなります。
デザインの適用範囲
- 自社のブランディング
- 自社ブランドの立ち上げ
- 自社商品のデザイン
事例①では、パッケージデザインのリニューアルのためにデザイナーを起用しようとしていましたが、結果として自社のリブランディングまで任せることとなりました。
事例②では、金属板のデザイン(自社商品のデザイン)に外部デザイナーが起用され、その後、社内のメンバーとして採用しています。
どこまでをデザイナーに任せるか、というデザインの適用範囲は企業によってさまざまですが、商品パッケージからブランディングと、統一感は必要かつ重要な要素となります。
デザインの効果測定
- 自社商品やサービスの売上アップ
- 自社商品やサービスの評判や認知度向上
- 特許や商標などの取得
- 新たな事業展開
- 従業員の活気
デザインの効果測定の中で、もっともわかりやすいのは、自社商品やサービスの売上でしょう。仮にパッケージを含むデザインのリニューアルで売り上げが増加したとすると、デザイン料を支払った後の売上増加分については、デザインの効果と考えることもできます。
また、パッケージやデザインのリニューアルで売上が増加した場合、売れ行きがアップした分、認知度も向上したといっていいでしょう。新しいデザインで取得した特許や商標などの知財があれば、そちらも会社の資産になります。
事例①、②ともに海外進出が見込まれていますが、このような新たな事業展開もデザインの効果と考えていいでしょう。自社商品やサービスが、お客様や社会に求められている、実際に役立っているという実感は、従業員のやる気向上やイノベーション創造の源にもつながっていくことでしょう。
デザイン経営導入支援ツール「デザイン経営コンパス」
デザインハンドブック2には、デザイン経営導入のための支援ツール「デザイン経営コンパス」が掲載されています。全部で3つのステップがありますが、合計1時間で終えられるよう設計されています。
企業の現状とデザイン経営導入にあたっての課題把握に役立つとしていますので、デザイン経営を導入するきっかけとして、ご活用ください。
デザイン経営コンパス
https://www.jpo.go.jp/introduction/soshiki/design_keiei/compass.html
まとめ
中小企業によるデザイン経営導入の成功事例を、デザインハンドブック2からご紹介しました。今回取り上げた2つの事例は、いずれもデザインという視点から企業理念や存在意義から見直すものでした。
重要なのは、このような成功事例から何を学ぶかということです。言葉にすると簡単に聞こえるかもしれませんが、デザイン経営の導入には必ず経営者の決断があります。
企業としての今後の生き残りや新しい事業展開のため、デザイン経営の導入をご検討されてはいかがでしょうか。
「中小企業のためのデザイン経営ハンドブック2
https://www.jpo.go.jp/introduction/soshiki/design_keiei/document/chusho_2/chusho-handbook2_a4.pdf