先日、「中小企業のためのデザイン経営ハンドブック2」が発刊されました。
以前、こちらの記事でご紹介したデザイン経営を、中小企業向けに、より分かりやすい内容にまとまっています。
そこで、デザインハンドブック2の概要と、中小企業にとってのデザイン経営の効果と重要性、成功事例について2回にわたってお伝えしていきます。
1回目の今回は、デザインハンドブックの概要とデザイン経営の重要性についてご紹介していきます。
目次
中小企業のためのデザイン経営ハンドブック2が発刊
2023年7月20日、特許庁から「中小企業のためのデザイン経営ハンドブック2」(以下、デザイン経営ハンドブック2)が発刊されました。
経済産業省と特許庁による『「デザイン経営」宣言』から5年、「『中小企業のためのデザイン経営ハンドブック みんなのデザイン経営』」の発刊から2年。その間にデザイン経営に取り組んだ新たな成功事例を盛り込んで、デザイン経営がアップデートされました。
その冒頭では、デザイン経営は広がりを見せつつあると紹介しており、デザイン経営に取り組んだ中小企業が魅力的な商品・サービスやブランドを生み出しているとしながらも、そのような中小企業は一部に限られていると指摘しています。
つまり、デザイン経営に対する認知や理解、実践への支援がまだまだ求められている、ということに変わりはないといえるでしょう。
今回、特許庁が中小企業のために打ち出してきたのが、「知財(知的財産権)」です。
デザインと掛け合わせることで、経営を支援しようということですが、「ウチに知財なんてものはない」とおっしゃる経営者の方がいらっしゃるかもしれません。
知財と聞くと特許というイメージを持つ方も少なくないでしょう。しかし、知財は、特許だけではありません。技術や開発など特許とは縁遠い事業であっても、知財は存在しているということで、知財でどのように中小企業の経営を強化するかという点を確認していきましょう。
まずは、デザイン経営を導入した企業が、どのような点で効果を感じているかについてお伝えします。
デザイン経営の効果に見るその重要性
中小企業経営者の皆さんがもっとも知りたいのは、デザイン経営を導入すると、どのような効果があるのだろうか、ではないでしょうか。「国が推進しているが、実際のところはどうなのだろうか」、効果が気になるところです。
デザイン経営の効果とは?
デザインハンドブック2に、デザイン経営の効果が掲載されています。
中小企業庁がまとめた「2022年版中小企業白書」の中にあるデザイン経営に関するアンケート調査の結果として紹介されています。
「デザイン経営に取り組むことよる効果」
効果のトップは「企業のブランド構築やブランド力向上」で69.0%、次いで「魅力ある商品・サービス・事業の創出」で53.1%、「従業員の意欲や自社への愛着審の向上」で51.8%となっています。
このように、デザイン経営に取り組むことにより、ブランド力の向上が図られるだけでなく、新たな商品などの創出によるイノベーションや従業員の意欲向上といった社内(インターナル)に向けたブランディングにもつながっていることがわかります。
中小企業の課題を解決へと導くデザイン経営
このアンケート結果を見てみると、デザイン経営が、中小企業にとって重要な課題を解決に導いていると分かります。
- 自社ブランドがない、ブランド力が弱い
- 魅力的な商品やサービス、事業を作り出せない
- 従業員の意欲や自社への愛着心を高められない など
このような課題を抱えている中小企業経営者の方は少なくないでしょう。
デザイン経営が目指しているのは、新しい商品やサービス・事業の創出だけではありません。
価値ある商品やサービス・事業を生み出せる仕組みや体制作りです。
つまり、お客様はもちろんのこと、経営者自身や従業員、協力企業、地域などにいる人と向き合い、環境の変化に対応しながら、経営を続けていく力を高めることで、企業の持続力を高めることだともいえます。
この点において、デザイン経営は中小企業にとって本質的に重要だといえるのです。
そこで一旦、人と向き合うことをデザイン経営ではどのように実現しようとしているのか振り返っておきましょう。デザイン経営ハンドブック2の前身である「みんなのデザイン経営」に詳しく書かれています。
「みんなのデザイン経営」における3つのデザイン
みんなのデザイン経営では、次の3つをデザインすることによって、企業価値を高めていくとしています。人格形成を中心として、両側に価値創造と文化醸成があり、人格形成をとおして行き来し好循環を生み出すという仕組みです。
- 人格形成:自社の自社の想いや「らしさ」を明確にし、未来の自社の姿を構想する営み
- 価値創造:自社の想いや「らしさ」と、顧客や社会のニーズを基に魅力ある製品やサービスを創出する営み
- 文化醸成:自社の想いや「らしさ」を、顧客や社内外の仲間に伝え、共感と共創の土壌を形成する営み
それぞれの要素には3つずつアプローチがあり、「9つの入り口」とご紹介しました。今回は、その9つがデザインアクションという表現に変更され、より分かりやすくなっています。アクションの具体例も提示されていますので、ご紹介しておきましょう。
デザインアクション | アクションの例 | |
人格形成 | 自社の個性を見つめ直す IDENTITY | 自社の譲れない価値観、個性、歴史を見つめ直す。 |
存在意義を深掘りする MISSION | 自社が人々や社会に貢献できることは何かを深掘りし、言語化する。 | |
将来のありたい姿を描く VISION | 自社が将来にありたい姿を想像し、言語化、可視化する。 | |
価値創造 | 顧客と社会のニーズを探る INSIGHT | 顧客の視点で自社が提供しているモノ・コトを見つめ直す。人々の価値観や行動、社会のニーズの変化に敏感でいる。 |
試行錯誤を繰り返す PROTOTYPING | 実験を推奨し、たくさんの試作をつくる。顧客や専門家に試作品を評価してもらう機会をつくり、その価値を確かめる。 | |
心を込めて届ける GIFT | 顧客の喜びや満足、感動を追求する。製品だけでなく、顧客とのさまざまな接点と一連の体験に気を配る。 | |
文化醸成 | 想いを社内外に伝える COMMUNICATION | 自社の想いを物語や目に見える形にして社内外に発信し、共感を生み出す。 |
社員の意欲と能力を引き出す EMPOWERMENT | 社員の挑戦する意欲や能力、前向きな行動を引き出すため、行動の指針や評価の仕組みをつくる。 | |
共創する仲間をつくる COLLABORATION | 自社にはない多様な知見をもった外部人材とコラボレーションするための機会をつくる。 |
この9つのデザインアクションは、どれから始めても問題ありません。始めやすいものから取り組むことが推奨されています。
次に、冒頭でご紹介した「知財」に立ち戻ってみましょう。中小企業の経営を強化するための武器として提示された「知財」には、どのようなものがあるのでしょうか。
中小企業の知財とは何か?
中小企業の経営を強化する知財とは、特許だけではありません。デザイン経営ハンドブック2では、次のようなものも知財に含まれるとしています。
- 技術のアイデア(発明・考案)
- 物品などのカタチ(意匠)
- ロゴ、マーク、商品名(商標)
- 営業、技術情報(ノウハウ)
- 写真、動画、記事などのコンテンツ(著作物)
どのような会社にも社名のロゴマークや商品・サービス名、営業ノウハウがあるはずです。会社によっては、商品のマスコットキャラクターもあるでしょうし、自社ホームページ運用やSNSでコンテンツを配信している会社もあるでしょう。そのようなものがすべて、幅広い意味での知財に含まれるということです。
重要なのは、このような幅広い意味での知財を自社の経営資源として認識することだとしています。経営資源として認識し、その上で経営に活かすことだともしています。その通りだといえるでしょう。
デザイン経営を推進する6つの知財アクション
前述の知財を経営に活かすには、デザイン経営の「人格形成」「価値創造」「文化醸造」という3つの要素にそれぞれ2ずつ存在する知財アクションを実行することが求められます。社内と社外との両方に影響を与え合うことで、デザイン経営を推進する力になるとしています。
知財アクションには、関係性を分かりやすくするために番号がついていますが、あくまでも便宜的なものであって、それがそのまま取り組みの順番を意味するのではありません。9つのデザインアクションと同様に、自社にとって始めやすいものから取り組み始めればいいのです。
知財アクション | アクションの例 | |
人格形成 | ①自社らしさを深堀りする | 自社の知財を幅広く発掘・棚卸しして、自社の独自性や自社らしさを深掘りする。 |
②自社らしさを形にする | 自社らしさが表れた知財、自社の誇りとなる知財を権利化し、確かな形にする。 | |
価値創造 | ③自社ならではの価値をつくる | 他社の知財権の把握や、自社の知財の活用によって、独自の製品・サービスを開発する。 |
④自社ならではの価値を守る | 個々の製品・サービスに関する知財の保護やノウハウなどの秘匿によって、独自性を守る。 | |
文化醸成 | ⑤意欲・能力を向上させる | 知財の創出や知財権の取得に貢献した社員を適切に評価することで意欲・能力を向上させる。 |
⑥信頼・関係性を築く | 取得した知財権で協業先や顧客からの信頼を得て、事業機会を生み出す。 |
次に、デザインの範囲について整理しておきましょう。デザインとは、一体何をデザインするのかという、デザインの根幹につながる部分のお話です。
デザインの「下流」と「上流」とは?何をデザインするのか
システム構築などでよく使われる言葉に、設計の上流と下流という言葉があります。上流とは、お客様(企業)からお話を聞き、どのような課題があって、その課題を解決するためにはどのようなシステムを構築する必要があるのかを考え、システムの全体像を設計する仕事です。
その一方で下流とは、上流で仕様が決まったシステムを実現するために、どのようなスペックのマシンやネットワークなどのリソースが必要かを決めて、現実化していく仕事です。このどちらもシステム構築の一部であり、どちらもシステム構築には不可欠な作業だといえます。
では、これをデザインに置き換えるとどうなるでしょうか。
デザインの下流
デザインの下流とは、商品やパッケージなどの色や形、文字などを整えて売れるようにすることです。時代に合わなくなった、古臭く感じるようになった商品パッケージを今風にアレンジしなおして販売するのは、その一例といえるでしょう。
もちろん、このこと自体がネガティブな意味を持つと言いたいのではありません。長く愛されているロングセラー商品には、ときどき起こることですし、必要なことでしょう。しかし、見た目だけを整えることは、ときに「メイクアップ」や「お化粧」などともいわれることがあるのも事実です。
ここで問題なのは、デザインの対象がモノに限定されているということです。
デザインの上流
では、デザインの上流は何かというと、商品やサービス・事業の本質的な存在意義を見直すことだといえます。具体的には、会社の存在意義を問い直し、商品やサービスが提供できる役割や価値を見直し、従業員と一緒に前進していくことです。
新たなビジネスモデルを考えたり、新商品・サービスのコンセプトを作ったり、お客様や従業員とのコミュニケーションをどのように取るかを構築したりすることだともいえます。
限られた予算で従来の商品やサービスを大幅に上回る顧客体験を提供するにはどうしたらいいか。そのためにはどのように組織を変更し、新しい体制を築くか。従業員にもっと能力を発揮してもらわなければならないので、どのように意識改革を進めるか。
このような視点で経営そのものを考えることも、デザインにほかなりません。
自社にとってデザインをどのように捉えるか
デザイン経営が成功するかどうかの最初のハードルは、経営者がデザインをどのように考えているかにかかっているといっても過言ではありません。商品やサービスなどのように、一部の領域と認識しているのか、商品やサービスの存在意義とまで認識しているのか、それともそれ以上なのかによって、成果は変わってくるでしょう。
その一方で、デザイン経営を導入するにあたって、現実的な課題があることも否めません。例えば、次のようなものです。
- どのようにしてデザイナーを見つけるのか
- デザイナーとの仕事の進め方は
- デザインの適用範囲は
- デザインの効果をどのようにして測定するか
- デザイナーへの報酬は など
次回のコラムでは、デザイン経営の成功事例をご紹介しながら、これらの点について触れていきたいと思います。
まとめ
中小企業のためのデザイン経営ハンドブック2では、デザイン経営を導入した効果についてのアンケート結果が公開され、中小企業ならではの経営課題を解決し、経営を強化する手法として優れていることが分かります。
みんなのデザイン経営の内容がアップデートされ、知財という新たな視点が加わりました。9つのデザインアクションも、6つの知財アクションも、具体例が示され取り組みやすくなっています。
それでもデザイン経営を導入しているのが一部の企業だけに限られるのは、おそらくデザインに対する認識不足や自分事として認識されていないことからくるのでしょう。弊社としては、これからもデザイン経営について情報発信を続けてまいります。
なお、今回引用している図表はすべて、「中小企業のためのデザイン経営ハンドブック2」に記載されているものです。
「中小企業のためのデザイン経営ハンドブック2」
https://www.jpo.go.jp/introduction/soshiki/design_keiei/document/chusho_2/chusho-handbook2_a4.pdf